歴史小説のウソ
近くのくまざわ書店は,生まれた八王子が本店のなじみのある書店だが,結構品揃えにも工夫がされていて,おすすめのコーナーでこれは面白そうと見つけ,買ってすぐ読んでみた。歴史修正主義とか最近の世相の問題なんかとも絡んで,とても示唆に富んだ内容だった。歴史を勉強するのに歴史小説は欠かせない,ということに今更気づく。歴史とは?。このブログにも書いたことがあるが,日本史や世界史を学校の教科書でひととおり学んでもおいそれと身につくものではない。この歳まで,いくつもの大河ドラマや映画を見たり小説をよんだり,歴史的な建造物にふれたり,あるいは社会でおこる事件の背景などを理解するために少しずつ詳しくなっていくようなもので,それでもまだ歴史年表を見ないと知らないことだらけだ。そう思って去年ぐらいから山川の世界史,日本史図説(高校の副読本)を手元に置き始めたくらいである。自分としては,歴史を勉強すると言っても,本格的な専門書を読むわけではない。そもそも古代史なんかは謎だらけの問題をさまざまな人がいろいろ説を出しているわけで,丸善の売り場には「歴史読み物」という棚があるくらいで,専門書では書けないことなのであろう。歴史書はあるが,それがすべて事実かどうか。古事記や日本書紀が編纂者によって脚色がされているのは周知のことである。つまり歴史書は著作物であって,史実ではないと言っても良い。中世以前の歴史書は物語,すなわち文学のジャンルでもある(HistoryとStory)と書かれていて,大いに納得した。この本のタイトルをそのまま鵜呑みにするのは浅はかと言うものだ。歴史小説,そもそも小説(=フィクション)なのでウソといえばウソだが,小説家はウソを書こうとしているわけではなく,史実を丹念に調べ上げ,真実はこうだったのじゃないかという解釈によって物語にリアリティーを持たそうとしているのである。それには元になる資料が必要で,それは歴史学者でも同じである。著者はそんな例を,ある資料をもとにして明智光秀が信長を討った理由を解釈してこういう一節が書けると,小説作法を示してくれたりもする。歴史小説は歴史を書くというより,歴史を背景にあくまで人物を描くものだという。また,時代小説といって主人公は架空の人物(銭形平次とか)でも,脇役に将軍○○とか時代背景が出てくるようなものだって歴史を知ることは出来る。そもそも時代劇ファンと言う人も多い。歴史小説あるいは時代小説を読むのは娯楽としてではあるものの,素人にとっては我々の過去の歴史を知る上で欠かせない。自分もそうだが,司馬遼太郎の小説では,「余談ながら・・・・」とはじまる部分は,司馬遼太郎が調べた当時の歴史背景を伝えていて,事実が書かれているように思って読んでいる。例えば,寛政の改革と言われても・・・・。自分もそうだが去年の大河,べらぼうを見てどんなものか納得して見たり,鬼平犯科帳の長谷川平蔵が実在の人物だったことをリアルに感じられたりするのが普通だろう。このようにして歴史を知ることで人間とはいつの時代にも変わらないということを知って共感し(勧善懲悪など)その時代の危機管理を学んで,現代に生かしたり今と比較したりして考えることが出来る。また歴史は単なる過去ではない,過去の出来事の関係者の子孫がまだ生きているような,先の戦争の史実などは,歴史小説には出来ないという。歴史問題とか政治的な歴史認識であり,まだ片がついていない問題は歴史にはなっていないのだという。さらに現在でもセンシティブなイデオロギーと歴史の問題についても述べられている。おわりにで,21世紀に入ってまた戦争が始められていることと,少子高齢化が進んでいることを危惧している。自分の生きてきた時代が良かったのか悪かったのか,それを知るよすがとして歴史観をもつことが重要だと書かれていて,はじめの疑問がとぎれることもなく,最後までスッキリとまとめられている一冊でした。歴史に関心がある方は必読とまで言いませんが,是非お勧めします。