SF小説「三体」

映画ではアカデミー賞作品賞に韓国の「パラサイト」が受賞したり,この小説も中国発で,SFのヒューゴー賞をアジアでははじめて受賞したりと日本の文化的(ならびに科学教育政策の)後進性がはっきりとしてきているように思います。作品はすでに2006年に発表されているようですが,昨年日本語に翻訳されて話題になっているのを,最近になって日経サイエンスの特集で知り,読んでみました。

表題の「三体」というのは,物理の力学でいう三体問題のことで,引力で運動する太陽と惑星や,地球と月の運動が2つならいいものの,3つの天体が絡むと複雑になり,計算しても予測不能なカオスが現れるという物理数学的問題のことを示しています。

そのような例として,地球に最も近い恒星系であるケンタウルス座α星の3重連星にある惑星に知的生命体が存在していたらという設定で,中国の文化大革命時代から,とある天体物理学者一家の(文革時代の知識人という意味)がたどる運命を軸にして物語が展開されます。作者の劉 慈欣(りゅう・じきん)は1963年の生まれと言いますから,文革の体験がぎりぎりあるのかもしれません。実際に紅衛兵だった「ワイルドスワン」のユン・チアンは1952年生まれです。 また,作者はかつてシステムエンジニアだったらしくPCやVRゲームなどの描写が今風で,三体というVRゲームをファンタジー仕立てになっているなど構成もたくみで確かに面白く読めます。

地球の環境破壊や,人類への文明批評的な立場から地球外生命へ救いを求めるというプロットも良いと思います。しかし,地学を生業としているものから見ると,リアリティーが今ひとつ気になってしまいました。それは ケンタウルス座α星の3重連星系の三体世界(人)の惑星では,3つの太陽が予測不能な周期で運動するために惑星の環境がきわめて不安定で,気候が安定した「恒紀」とそうでない過酷な「乱紀」がランダムにおとずれて,乱紀には人々は生きられず,脱水してまるでクマムシのように生きながらえるという(むろんこれも面白いのですが)設定です。実際にデータを見ると,ケンタウルス座αはA,Bの2星太陽ほどの連星で,c星(プロキシマ)は赤色矮星で小さく,かなり(15000天文単位も)離れたところにあって,A,B星への重力の影響はほとんど無いようです(三体問題は存在しない)。注目すべきは,惑星がどこにあるかですが,つい数年前にプロキシマのハビタブルゾーンに系外惑星が発見されています。

そこで,地学の天文分野で出てくる恒星の距離と明るさの関係を使って計算してみると,仮にプロキシマの周りをまわる惑星からはA,B星は,太陽のような役割はなく,せいぜいマイナス6等星(三日月程度)しかないことも分かります。というわけで,その惑星の文明が断続的に進化しつつ人類以上に進歩ているという話も面白いのですが,最近の系外惑星探査や地球外生命の可能性の議論と,やや整合性に欠けてしまうので,冷めてしまう部分が私にはありました。もちろんこの一作で完結しておらず,SFとしてとてもよくできていると思います。一読の価値はあるので,おすすめします。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください