現在,高校の地学基礎の教科書が,そもそもと言う感じで宇宙の始まりビッグバン(天文分野)からの展開になっているものも多くなっています。宇宙が膨張しているということは今や常識だと思いますが,地学を教えない学校も多いので一般の知識として広まっているかはよく分かりませんが,もし地学を勉強するのなら天文分野では,ハッブルの法則までしっかり学んでもらいたいものです。ハッブルの法則自体はさほど難しくない事柄ですが,宇宙の年齢を計算したり,膨張が進むのか収縮するかや,ダークマターや加速膨張の話にも関わる事柄であることはあまり触れられていないようです。確かに現代宇宙論を理解するには相対論などの知識が必要ですが,膨張する宇宙の物質とエネルギーの計算をニュートン力学の知識からでもフリードマン宇宙(方程式)にたどり着けることを知ったので,紹介してみたいと思います。
1.宇宙の膨張
夜空の星々のなかにアンドロメダ星雲のような天体があって,どのくらい離れているかを初めて突きとめたのがエドゥイン・ハッブルで,さらに助手のヒューメーソンやローウェル天文台のスライファーなどの協力によって,遠い銀河の赤方偏移から宇宙が膨張していることを明らかにしました。このとき,どの銀河も遠ざかって見えるというのは,私たちが宇宙の中心にいるかのように思いがちですが,次の図のように,どの場所を基準(青い星★印)にしても,互いの銀河の(水色から紫の●へ)間隔がひろがるので,どの銀河から見ても,遠い銀河ほど速いスピードで遠ざかっているように見えます。
2.ハッブル-ルメートルの法則
遠ざかる銀河のスピードと距離の関係は次の図のように示すことができます。銀河の遠ざかる速さ(後退速度) $v$ とその銀河までの距離 $r$ の間に比例関係があるというものです。
式で書くと,\begin{equation} v=Hr \end{equation}となり,比例定数 $H$ で表わされる値をハッブル定数と呼びます。地学基礎では,このことが銀河の光のドップラー効果によって分かったことと,時間をさかのぼるとすべてが一カ所に集まっていて,そのような高密度高温状態すなわちビッグバンによって宇宙がはじまった(以来138億年)ということまでが説明されています。
3.宇宙の年齢
私自身は高校生の頃にこのことを,ある距離に達すると銀河は光速(30万km/秒)で遠ざかることになり,それより遠くの光はこちらに進むことがないので見ることができない,それを宇宙の地平線という,というすごい事実として知った覚えがあります。ハッブル定数の割合(100万光年につきおよそ秒速20km)から計算すると後退速度が光速になる距離は,およそ150億光年になります。計算は,\begin{align*}\frac{30×10^{4}\, [\mathrm{km/s}]} {20 \,[\mathrm{km/s}]} × 100×10^{4}\, [光年]=150\times10^{8}\, [光年]\end{align*}となります。そして,この速さが,はじめから光の速度で変わらず一定だったとすると,光が1年間に進む距離が1光年ですから,この距離に行くまでにかかる時間は150億年になります。これは,ビッグバンから今までに経過した時間,すなわち宇宙の年齢を示すことになります。先の図でこれが銀河Aのことを示すとすれば,銀河Bはどうなのかというと,距離は1/2ですが速さも1/2ですから,やはり同じ時間を要することになります。ここで,$v$ と $r$ の関係を考えると,(1)式は\begin{equation}\frac{r}{v} =\frac{1}{H} \end{equation}と変形することができます。左辺は[距離」÷ [速さ]ですから,時間になりますが,今計算したこと(150億光年÷光速)と同じことですから,右辺の $\frac{1}{H}$ ハッブル定数の逆数は,宇宙の年齢を示すことになります。
さて,ここまでは中学生でも理解できる話ではないかと思いますが,高校の授業やテストで,宇宙の年齢をハッブル定数の逆数として,計算しなさいと言われると少し面倒になります。計算は,\begin{align*}\frac{1}{\frac{20\,[\mathrm{km/s}]}{100\times10^{4}\,[光年]}}\end{align*}ということですが,一般的な中学生にはちょっと無理かもしれないですね。物理では,次元解析といって,要するに単位だけを計算したらどうなるかということを考えますが,この場合は1÷(速さ)÷(距離)なので,÷÷は×と同じですから,(距離)÷(速さ)となって,たしかに次元は(時間)になります。計算は,\begin{align*}\frac{100\times10^{4}\,[光年]}{20\,[\mathrm{km/s}]}\end{align*}でいいのですが,分子の光年を分母の[km]に合わせなくてはなりません。すなわち1光年は何kmなのかですが,それを計算するのに光速と年を秒で表わした値を掛け合わせることになりますが,最後の答えは秒でなく年にする,というややこしいことになるのです。途中で混乱しないように年を秒で表わす値(1年は約$3.15\times10^{7}$ 秒)ですがそれを $t$ とおいて計算すると良いでしょう。
さらに,天文学では距離の単位にパーセク($\mathrm{pc}$)を使い,銀河の間隔の一般的な距離としてメガパーセク($\mathrm{Mpc}$)あたり,およそ70km/sという値が用いられます。1パーセクは3.26光年なので,さらにややこしくなります。私自身,授業で教えていてよく間違えるのでこうしてまとめているのかもしれません。
4.宇宙の膨張はいつまで続くか
ハッブル定数は観測によって求められますが,あくまで観測される範囲の値でなおかつ,宇宙がはじまってから常に一定であるとは考えられていません。しかし,空間の性質も加味したアインシュタインの方程式で記述される宇宙でも重要な要素(宇宙の膨張率)になります。高校物理で学ぶニュートン力学でもこのことを記述できると知ったのは,NHKで2014年に放送した,ローレンス・クラウス教授による「宇宙白熱教室」でした。しかし,上のような宇宙の年齢を求めるのでも四苦八苦していたので,まじめに考えてみたのは最近です(相対論の本などですこしずつ知識が蓄積されてきて分かってきました)。
一般向けに書かれた新書などにも出ていますが,ビッグバンによって膨張をはじめた原因やしくみは「真空のゆらぎ」などといわれます。それは,おいておいて,とりあえず空間が広がっていきますが,中にある星や銀河などが引力を及ぼし合うので,全体の質量が大きれば,やがて膨張速度はおそくなり,逆に収縮に転じるのではないか,と考えられます。アインシュタイン方程式は,おおざっぱに言えば,この膨張と,及ぼし合う重力の大きさの兼ね合いがどうなっているかを記述していると考えます(空間の変化もありますが)。ここで,引っ張り合う元となる宇宙全体の質量 $M $ ,外に向かって膨張運動しているある銀河の質量を $m$ ,その速度を $v$ ,及ぼされる引力の距離を $R$ とします。たとえて言うと,地球からロケットが引力に逆らって宇宙空間に出て行く場合と同じです。物理の力学でやるとおり,このとき遠ざかる銀河(ロケット)の運動エネルギーは $\frac{1}{2}mv^{2}$ で,脱出速度の計算とおなじで位置エネルギーは基準を無限遠にするので,$-mgR$ になります。この $mg$ は,万有引力ですから $\frac{GmM}{R^{2}}$ を代入して$R$ がひとつとれて,$\frac{GmM}{R}$ となります。したがって, 銀河のもつエネルギー $E$ は\begin{equation}E=\frac{1}{2}mv^{2}-\frac{GmM}{R}\end{equation}で, $E>0$ ならば,銀河(ロケット)はどこまでも膨張をつづけ, $E<0$ は収縮に転ずることを意味します。(3)式の両辺に2をかけて,$m$ で割ると\begin{align*}\frac{2E}{m}=v^{2}-\frac{2GM}{R}\end{align*}ハッブルの法則(1)式から $v=HR$ で $v^{2}=H^{2}R^{2}$ を代入して,
\begin{align*}\frac{2E}{m}=H^{2}R^{2}-\frac{2GM}{R}\end{align*}
ここで,宇宙全体の質量 $M$ は,密度を $\rho$ として球の体積 $\frac{4}{3}\pi R^{3}$ から,\begin{align*}\frac{2E}{m}=H^{2}R^{2}-\frac{2G\frac{4}{3}\pi R^{3}}{R}\rho\end{align*}
ここで,左辺の $\frac{2E}{m}$ を $ -\kappa$ とし,両辺を $R^{2}$ で割って,
\begin{equation}\frac{-\kappa}{R^{2}}=H^{2}-\frac{8G\pi }{3}\rho\end{equation}
これが,アインシュタイン方程式から導かれるフリードマン方程式と同等なものだそうです。エネルギーの式にハッブルの法則を代入しただけで,難しい数学は特に使わずに示せるところがすごいと思います。ここで,$-\kappa$ は,宇宙の曲率を表わす値で,$-\kappa$ が負ならば,$E>0$ で曲率が負で開いた宇宙,$-\kappa$ 正ならば$E<0$ で曲率が正の閉じた宇宙で将来収縮に転ずる,$-\kappa$ が0ならば,平坦な宇宙で,ゆっくりと膨張を続ける,ということを示しています。
そして,この式に当てはまる観測データとして,宇宙全体の質量がダークマターの発見以降見積もられましたが,宇宙の膨張を止める量の約30%にしかなりませんでした。一方,宇宙の曲率は90年代後半にブーメラン(BOOMERanG)実験で測定され,宇宙背景放射のゆらぎのムラから宇宙がほとんど平坦な$\kappa=0$という曲率を持っているということが明らかになりました。さらに,遠い宇宙の加速膨張が発見され,宇宙が謎のダークエネルギーによって満たされていると考えれば,これらのパラメーターを矛盾なく説明できることになった,というのが現在の物質5が%,ダークマター23%,ダークエネルギー72%からなる宇宙ということになります。宇宙背景放射の観測は,COBE,WMAP,プランク衛星と宇宙のはじまりからの情報を提供していて,総合的に現在の宇宙像が明らかにされていますが,ダークマターやダークエネルギーの正体は全く分かっていないというのが,最大の謎として残されています。
このページを作成するに当たって,NHK宇宙白熱教室(2014年放送)についてのとね日記さんの解説を大いに参考にしました。また,ローレンス・クラウス教授の「宇宙がはじまる前には何があったのか」文藝春秋社(2013年刊)も改めて読んで,とてもわかりやすい宇宙解説本であることを確認しました(いままで積ん読でした。理由は~はじまる前=量子ゆらぎ,程度のお話かと思っていたのですが,無からの創造について神学者,宗教などへの丁寧な科学的立場の解説があるとは思っていなかったからです)。宇宙白熱教室は,なぜかYoutubeで検索すると見ることができます(著作権法に触るはずだと思いますが)。